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光州5・18

9月27日、映画「光州5・18」の上映会が高知市内であり、行ってきた。
映画は1980年の光州蜂起(光州事件)を描いた作品。

映画の前半は、事件前夜の主人公たちののどかな日常をB級喜劇っぽい味付けで描く。後半の悲劇との対比を際立たせる演出なのだが、ぼくには少々違和感があった。あと、市民軍の描き方が今ひとつリアリティに欠けるなど、映画の出来としては注文をつけたい部分がなきにしもあらず、といったところ。

だが、映画で描かれた凄まじい弾圧は、28年前のあの頃を思い起こすのには十分だった。とゆーことで、ここからは映画評からは離れ、28年前の思い出話を……。

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1980年、ぼくは大学2年生で、京都に住んでいた。
前年秋からの釜馬事態、朴正熙射殺、粛軍クーデターと相次ぐ事態で、韓国情勢は急激に緊迫感を増していた。1980年5月、ソウル大などを中心に、民主化を求める学生達の決起が起こる。装甲車が学生達の隊列にペッパーフォグを噴射している映像をTVで初めて観て、固唾を飲んだ。そして5月18日からの光州の蜂起である。

5月23日~25日、ぼくは東京、埼玉、千葉を回った。
23日は狭山の中央集会、24日は狭山現地調査、25日は三里塚現地集会。電車での移動中、キオスクの新聞スタンドや車内の網棚の上の新聞がとても気になった。それらは、光州で進行していた信じ難いような弾圧の様子を多数の写真で報じていた。そして25日、三里塚第一公園の集会会場に行くと、正面演壇近くの非常に目立つ場所に「三里塚を日本の光州に!」という大きな横断幕がかかっていた。今進行している血の弾圧のイメージが強烈だっただけに、このスローガンには違和感を感じた。

光州の鎮圧後、この年の秋から冬にかけて、金大中死刑阻止の闘いが日本国内でも広範に取り組まれた。京都市内でも何度も集会やデモがあったし、学内も「日韓連帯」一色だった。ぼく達も、2度の教養部代議員大会や、バリストをやった。白竜(当時歌手)を招いてのコンサート集会をやったり、時計台屋上に上ってのパフォーマンスをやったりもした。ハンストをやった仲間もいる。ぼくは空腹に弱いのでやらなかったが……。

あの頃、「日帝打倒」は、ぼくにとって自明のテーゼだった。光州鎮圧からほどなくして成立した中曽根-レーガン-全斗煥の日米韓三角同盟は、民主化を求めて散っていった韓国の多くの民衆にとって敵対物以外の何物にも見えなかった。「日帝打倒」なるものが近い将来実現できる現実的なものとは思えなかったが、自分がめざす基本的な方向としては全く疑問の余地がなかった。あの頃は、とにかく、あの、韓国の民衆と連帯したいという気持ちが強かった。

あれから月日は流れ、ぼくも日帝などという定義のはっきりしない言葉を無邪気に使うことはできなくなった。統治者イコール悪ではなく、統治者には統治者の立場と責任もあるだろうと、それなりにバランスを考える思考態度も身についてきた。だが、それでも、正当な権利を求めて闘う民衆とつながっていたいという思いは変わらない。現在は医療界に身を置き、とりわけ「患者の権利」を職業生活上のテーマにしているのも、その原点にはあの光州蜂起があってのことだ。

そのように考えると、28年前には「三里塚を日本の光州に!」のスローガンに違和感を持ったぼくではあるが、1人1人の現場の中に光州があると、今になってみれば、言えなくもないのかもしれない。

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Comments

ニクソン・中曽根・全斗煥の『同盟』があったればこその80年光州圧殺ですね。

60年安保も韓国の市民の闘いに手が及ばなかった。

80年、三里塚に韓国を見据えようという問題提起はよかったが、「ここがおいらの三里塚」という広がりがそれだけでは得られなかったのが悔やまれる。

それでも70年安保のビデオを韓国の学生は密かに見て参考にしてくれたようだ。

昂ぶった気持ちではなく後期高齢者問題など、医療危機は社会保障すら取り上げる資本の横暴を前にやむにやまれぬ戦いを強いられていると思う。
これが2010年安保というべきか。

Posted by: 下司孝之 | October 07, 2008 at 08:48 PM

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